2011〜2012シーズン

2011〜2012 SEASON 

24 志賀高原9/4日目

(期日)2012年3月 (宿泊)志賀ロイヤルホテル・プリンスホテル・奥志賀高原ホテル(3泊4日) (移動手段)自家用車
 (志賀高原HP) http://www.shigakogen.gr.jp/
(奥志賀高原ホテル)http://www.okushiga-kougen.com/

体験記その4(4日目)


↑朝一の奥志賀高原。第2エキスパートコースを滑る

↑長男はエキスパートコースへチャレンジ。

↑これが最
斜度39度の壁、転倒すれば止まらない。

↑第4ゲレンデのポールバーン。

 前日飲んだアルコールの影響があったのか、朝1時半に起床。4時間ほどしか寝ていないが、血圧が上がって眠る事ができない。記録を書いたりして時間をつぶしていたが、3時頃に眠くなってきたので、再びベッドに入り、3時間ほど眠った。疲れの残る良くないパターンだ。

 7時半からは朝食にダイニングへ。いい食材を使っているようで、目新しい料理はなかったが、満足の行く食事だった。食後は早速滑りに行くつもりだったが、妻と長女は滑るのに飽きたのか、部屋で休憩。長男と二人でゲレンデに出た。

 前日よりは気温も上がって気持ちのいい朝だ。まずは、第二エキスパートコースを一本。圧雪直後で抜群の滑り心地だ。続いてリフトを3つ乗り継いで焼額山へ行き、オリンピックコースを1本滑る。斜度・コース変化・景観等申し分がない。今日は休日で第3高速リフトが動いていたので、これに乗ってイーストコースへ。普段ならGS・SLのコンビのポールがセットされているのだが、まだ早い時間帯なので無かった。

 次にゴンドラで上まで上がって、志賀高原最難関のエキスパートコースへ。平均斜度32度、最大斜度39度の崖だ。二人で降りるつもりだったが、筆者は上から覗いて断念。長男一人で挑む事になった。オリンピックコースから斜面の様子が見えるのだが、圧雪車の入る事ができない急斜面のため、バーンはボコボコに波打っていた。これまでほとんどのコースを一直線に降りていた長男だったが、これはさすがに厳しいようで足が止まっていた。しかし、転ぶ事も無く、少しずつコースを降り、筆者と合流。続いて、奥志賀高原に戻り、第2の難所「熊落としコース」に行ったが、これも滑れそうに無いので長男は滑りたそうだったが、ホテルに戻る事にした。


↑やっとエキスパートコースを降りた長男。

↑ポールバーンでは元気な姿を見せ
た。


↑山頂からの見事な光景。

↑山頂ヒュッテで、昼食を取る。

↑リフトのある日本最高峰。右の写真と比べてみよう。
2006年子供たちが小学校の頃の写真→
子供たちの大きくなった。それ以上に驚いたのは、妻のウェア。何と昔から全く変わっていない。

 妻と長女を連れて最後に残った横手山に移動。妻は車で待つ事にし、3人で頂上へ向かった。この日は天気がよく、リフト上からは初日に見えなかった遠方の景色が見渡せた。頂上のヒュッテで昼食を取り、妻のためにパンを買って麓まで降りる。リフトチャレンジも終了し、徳島まで戻ろうとしていたら、初老の男性に声をかけられた。遠距離を車で来ているので、気になっていたようで、男性も日本中を車で走り回っているとの事で、しばらく話し込んだ。帰り際に名詞をもらったのだが、帰って調べてみると、プロスキーヤーの高橋一郎氏だった。日本のスキー創成期に活躍した方で、冒険家としても知られ、三浦雄一郎よりも先にアイガーやヒマラヤを滑られたという事だった。偶然ながら、すごい人物に出会うこともでき、今回は本当に有意義な旅となった。


↑きのこ雲スープを食べる子供たち。

第4日目 リフトチャレンジ結果