2002〜2003シーズン

2002〜2003 SEASON 

D ルスツリゾート3/3・4日目 

体験記その2(3・4日目)

 二日目の晩、相変わらず長女の熱が下がらないので、ベッドで添い寝をしてやることにした。ところが、私は体が大きいので普通サイズのベッドで寝るには少々窮屈。病気の長女を押しのけるわけにはいかないので、わずかなスペースに体を乗せるため左足を外へ出して眠りについた。ふと真夜中に目が覚め、長女の額に手をやるとすごい高熱。昨晩もタオルを雪で冷やして当てがってやったので、それをしてやろうと立ち上がったところ、大きく左に転倒した。長時間ベッドからはみ出していた左足はちょうど膝の裏側がベッドのコーナーに押さえつけられ、痺れて感覚が無くなっていたのである。これだけなら笑い話で済むのだが、この時左足の小指・薬指で全体重を支えるような格好となったため、指は異様な方向に曲がってしまった。その後、立ち上がることもできず、這って洗面所にいく私にようやく目を覚ました妻が一言。「何しよん?」あまりの激痛に我を忘れていた私は「足が痺れてこけたんじゃ。」と叫んだが、妻は分けがわからず「何しよんよ。もー」とそのまま寝てしまった。何とか洗面所にたどり着いた私は急いで電気をつけ、患部を見ると真っ赤に腫れ上がっている。急いで冷水を流し冷やしたが、あまりの痛みに翌日のスキーは無理ではないかという心配が頭をよぎった。その後子供にタオルをのせ眠りについた。
帰宅後病院で診断を受けたところ、薬指骨折、全治三週間と診断を受けた。痛いはず・・・。→

↑やる気満々でゲレンデに向かう長男
 翌朝、目を覚まし少し腫れが引いているのを確認し、「よっしゃ!今日は滑るぞ」と思い立ち朝食に出かける。私は四年前スノーボードをやったときに肋骨を骨折したが、その後二日間もスキーをした経験がある。それに今回はナイターを少し滑っただけで、長男の指導と長女の看護ををしていたためほとんど二日間滑っていない。今日は死んでも滑らなければと気合を入れたのだが、一歩歩くことに激痛が・・・。これは四年前の骨折どころではない。目まいもするような痛みが左足から全身に響き、ついにスキーは断念することにした。
 「今回は家族サービスのために来たんだ。」そう自分に言い聞かせ、午前中は再び長男の指導をすることにした。

↑子供用ベルト式リフト
 さて、前日パパの指導とスクールですっかり滑るコツを身に付けた長男は意気揚揚とゲレンデに出て行った。ルスツリゾートには今年から子供用のキッズパークが登場し、一人で乗れるベルト式のリフトや潜り抜けて楽しむループ・トンネル等が設営されていた。このスペースではBGMも子供用の曲がかかっていた。昨日キッズパークでスクールをした長男は遊び方も心得たもので、一人でリフトを上がっては何度も滑り降り楽しんでいた。
↑ループをくぐって楽しそう・・・・

←たまにはこんな事も・・・

  
↑ハの字に揃えて・・・     ↑フェイキーに挑戦!   この日は快晴で絶好のスキー日よりでした↑


(画像をクリックすると動画を再生します


↑ノンストップで麓まで降りていった! 


↑満足げな長男。
 いつも家では長女とけんかをし、ぐずぐず言っているばかりの長男だが、この日は久しぶりに彼の爽やかに晴れた笑顔を見ることができた。それは晴れ渡った青空よりも眩しい位の笑顔だった。滑る事のできなかった私も何だか長い斜面を一緒に滑ってきたような錯覚に襲われた。
 昼からは再び部屋に戻って二人の子供と昼寝。夕方には長女の熱も少し下がり始め、夕食後はメリーゴーランドで遊んだ。

↑昼からは部屋でぐっすり

↑ウクレレ君とはいチーズ!
 さて、いよいよ最終日。最終日になってようやく平熱に下がった長女に少しでも思い出を残したいと考え、タワーにあるトナカイ牧場へ行くことになった。ここにはトナカイの他、羊やポニーが飼われている。雪道を抜けて牧場に辿り着き、餌をやって楽しんだ。

↑トナカイ     ↑餌をやる     ↑羊のウクレレ

↑さのです2003inルスツリゾート


↑ラーメン道場

帰りに立ち寄った千歳空港でも何枚か写真をパチリ!
新しくできた「ラーメン道場」や公衆インターネットを試してみたが、写した写真の中に恐怖の一枚が含まれていた。その詳細はこちら(怖がりの人は見ないでね)


来年も行こうね


↑公衆インターネットでさのですHPに書き込み